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秋田県立博物館

Akita Prefectural Museum

菅江真澄資料センター企画コーナー展

真澄、県北の旅
~真栖のころ~

10月22日(土)~12月4日(日)
 菅江真澄は、秋田を再訪した享和元年(1801)から文化4年(1807)頃までの間、主に現在の秋田県北部(県北)を巡っています。ここでいう県北とは、能代山本・大館北秋田・鹿角地域を指します。

 この間における真澄の日記は多く、県北にかかわる記録(特に日記)もたいへん多くあります。また、文政年間に入ってからの足跡も知られ始めています。日記についての概要は、本展示の5で紹介する通りです。

 さて、真澄は、一時期「白井真栖」の名乗を使っていた時期があり、それが文化2年(1805)と文化3年(1806)であったと考えられます。その後、白井真澄へと文字遣いを改め、さらに文化7年(1810)初め頃から「菅江真澄」へと名乗を変えています。

 本展示では、真澄が「白井真栖」を名乗った頃の日記について、その足跡と概要、そして特徴的な記事について紹介します。そのため、副題を「真栖のころ」としました。
 本展示を御覧いただく皆様にとっては、真澄の足跡をたどる道標になれば幸いです。