- 受入番号
- 真118
- 資料名
- 月の出羽路仙北郡二十五(写本)
- 法量
-
縦24cm 横16.5cm 墨付45丁
- 材質・技法・形状
- 冊子
- 資料解説
- 菅江真澄が本格的に地誌編纂に取り組んだのは、文政7年(1824)8月の平鹿郡からです。『雪の出羽路平鹿郡』全14巻を完成させた文政9年5月から、仙北郡の地誌作成に取り組むことになります。『月の出羽路仙北郡』第25巻の草稿を作成した真澄は、第26巻の内容となる巡村調査の途中で亡くなっています。つまり『月の出羽路仙北郡』第24巻までは清書されて藩校明徳館に献納されましたが、第25巻は草稿のままで残されることになりました。内容は、親郷の雲然(くもしかり)村とその寄郷11ヵ村で、現在の仙北市角館町の南部地域にあたります。草稿本は現存しておらず、本資料は、文政12年(1829)5月に草稿本を写した写本を、さらに明治41年(1908)に写したものです。